今日は大分市に来てる。
ブックカフェ「the bridge」でこの文章を書きながら、自宅でもインターネットにつながる必要性があるのか考える。大分市にいる時はブリッジでつながるし、豊後高田にいる時は図書館でつながる。
昔がそうだったのだろう。テレビを観にいく家。洗濯機をかりる家。醤油をかりる家。
自分が所有する便利、かりる不便みたいなものもあるのだろうけど、近頃仕事をしに図書館に通うようになり、不便どころか新たな拠点ができたような喜びがある。自分のお気に入りの席があって、下手したら植物を置いてみたり、家族の写真でも飾ってしまいそうだ。。。 物を共有できればそのぶん自ら身軽になれるし、場や物を共有する度に人と交錯できるという楽しさもある。車においてもそう思う。ステキな車を所有したいという気持ちはさておき、行動範囲がそう広くない田舎ではみんなある一定の方向に車を走らせるわけで、相乗りは容易い。人の動きや必要としているものを可視化するだけでエネルギーが効率良く使われるのだと思う。
この間、友人の引っ越しのお手伝いで別府に行くと、「ゴミ」の山からかわいらしい木のおもちゃがでてきた。ちょうど、子ども達に木のおもちゃがあったらいいなと思っていた矢先。
物を購入しなくても、需要と供給がマッチするぐらいこの世界は物や知恵に満ちあふれていると思う。
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