自己紹介

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豊後高田市, 大分県, Japan
アメリカ人である両親を持ちながら、日本の片田舎で生まれ育ち、自分はどこに属するのか、国籍とはなにか、国とは何か、どうしたら世界の平和は訪れるのかと幼い頃から考えてきました。もちろん、答えにはたどり着いていないのですが、自らが考えることや思うことを言葉にしたり、文章にしたり、時に対話する場をつくったりすることでより良い社会の実現を目指しています。

2012年8月8日水曜日

〜2012旅〜Long Island①, 6/4-6/18

日本を飛び立ったのは6月4日の午後4時くらい。ニューヨークのジョン・F・ケネディー空港に降り立ったのが6月4日の午後1時くらい。日本を飛び立った約3時間前にアメリカへ到着。得した気分。もちろん時差の関係でこうなるのだが、子どもの頃はこれがよく理解できず飛行機はある種のタイムマシーンだと思っていた。同じ列の向こう側では二人の幼子に苦戦するお母さん。お兄ちゃんはしばらくして眠りについていたが、妹のおチビはニューヨークまでの12時間ほとんど泣いていた。子守唄もダメ、絵本もダメ、お菓子もお乳もダメ。しんどかったんだろう。がんばれ、世界中のお母さん!


5年ぶりのアメリカ。
空港にたどり着き、姉の住むロングアイランドに向かう為タクシーに乗り込み、クイーンズにあるロングアイランド行きのバス停へ。バスが30分程遅れて来たこともあって、この「バス停」とされる場所が本当にバス停なのかしばらく疑った。バスが到着し、乗り込むと18歳くらいのガイドさんがひとりひとりに水とスナックを配ってまわっていた。ニューヨークとロングアイランドを結ぶこのバスは夏の間高校生がバイトでガイドをしている。それも、ロシアや東ヨーロッパから英語を学びがてら来ている青年が多い。英語を喋る時にアクセントもだいぶあるのだが、誰もあまり気にしない。日本もこれくらいの気楽さがあるといいのだが。どっかの国の高校生が片言の日本語でバスのガイドをしている風景があっても良い気がする。まあ、インドネシアやフィリピンの青年が次から次へと看護試験で落とされてしまう現状をみると「片言文化」は日本ではしばらくの間は芽生えないのだろう。

例えば、アメリカのように英語を公用語として話す国で片言の英語でたくましく生きている人々は多くいる。彼らの存在がアメリカのような国を陰で支え、文化を多様化させている。このアメリカという大国は先住民から大地を奪い、ヨーロッパから多くの移民を迎え、アフリカの民を奴隷ににし築き上げられた。残酷な歴史がはらむが故にこの地から創造される文化もまたすごい。


2時間後、ロングアイランドの小さな町に着いた。
かの有名な詩人ナナオサカキにちなんで名付けられた姉の奈々緒に会うのもなんとも久しぶり。。。





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